2008年11月17日
書こうとしていた内容から大幅にズレたのでそのまま掲載してみた一例
若い頃、もとい、酒の飲み方を知らなかった頃、明け方まで飲み明かした最後の〆はラーメンや御飯物ではなく専ら「かき氷」だった。
京都出身の私がその頃毎夜あしげく通っていたのは、繁華街でもあり観光名所でもあり、実はリーズナブルな店舗が軒を連ねる、「先斗町(ぽんとちょう)」と「木屋町(きやまち)」の間に位置する裏路地である。
一歩でも先斗町のど真ん中や、ゆるやかな鴨川をその向こうにする「祇園(ぎおん)」に行ってしまうと、お金の問題ではなくなってしまう。
「一見さんお断り」の本拠地である。
週末の夕方ともなると舞妓さんや芸子さんのメイン・ジョブ・エリアだ。
「お金の問題」であった祇園の北側はスナックなどが建ち並んでいるが、酒の味を覚えるまでは中々闊歩しづらい地域でもあった。
せまい京都市内それも祇園の一部の中では、先輩や後輩や父親の親友や父親本人やそれと一緒歩いている母親以外の人になど、5分に一回は会釈かその逆に顔を隠すか大きな声の挨拶が飛び交う場所だったから。
話よ〜戻れっ!
空が白々と明けた店の軒先からその足で、八坂神社(やさかじんじゃ)へ向かう。
神社の正面を北に舐めてゆくと、何故か昔風の「茶屋」が店を開けている。
但し「かき氷」は夏場だけだ。
仕事帰りのホステスさんは「わらび餅」や茶菓子を。
仕立ての良いスーツをきた金持ち確定リーチ中のおっさんもそこで冷たい「ひやしあめ」等を酒覚ましに飲んでいる。
野郎小集団の私らと「や」の付く自由業の方々は「かき氷」だ。
「いちご」に朝っぱらから「練乳」を掛けると子供っぽく写るので、もっぱら「宇治金時」だった記憶がある。
なぜか茶屋の前に出された昔ながらの長椅子に仲良く座って皆でガヤガヤと(近くに民家は無い)夏の朝の涼みと洒落込んでた。
まだ目覚めていない東山通り、祇園駅に到着した市バスのアナウンスが朝の静寂に響くと、お開きの合図である。
バス停に座り込んで目的地を目指すやつ、黒いベンツが迎えに来るやつ、その頃から長い列を作っていた祇園のタクシー乗り場を目指すやつ…
私の生まれた家がそこから歩いて15分ほどだったのでよく見物に行った。
知恩院の入り口と東山通りを横切り、いまだに正確に読めない古来の名称を持つ路地を抜けると、仁王門通り(昔は本当に仁王像が町内の入り口にあったらしい)に生家がある。
150メートルほどある直線の町内の片側は、すべて寺院という京都っぽい場所だ。
既に朝のお勤めを過ごすお経の声と共に生家を眺めては家路についていた。
いまだに解せないのは、「茶屋」の開店時間と閉店時間だろうか。
【続くわけがない】
- by バンチョー
- at 19:41
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